患者さんの声Sさん
年寄りの冷や水と屠蘇散
「いやー、冬って本当に寒いですね。」こんな当たり前のことを言って診察にみえたのは60代の男性Sさんでした。聞けばお正月におとそを飲んでいた時、お孫さんからタコがうまく上がらないと聞かされ、おじいちゃんにまかせろと薄着のまま、一緒に公園に飛び出したというのです。
次の日に起きると、体がゾクゾクと寒く、水のような鼻水があり、食欲も低下し、胃もたれもひどく、夕方には咳と透明な痰までもはやばやと出てきたと訴えます。
食欲不振で体力も低下し、養生していた矢先のことでした。
体力の低下している時に、薄着で寒さに当たったために風邪となったもので、さらに消化能力も低下している。つまり寒症の虚証の風邪、これがSさんの病気の状態であることは、おわかりのことと思います。早いせき・痰の出現は、風邪の進行を食い止める体力・抵抗力が低下している証拠でもあるのです。
そこで、『参蘇飲(じんそいん)』という漢方薬を処方し、三日後には風邪も治り、次の日曜日には厚着をして凧揚げに出かけることができました。
『参蘇飲』とは、人参と紫蘇が主成分の漢方薬です。この漢方薬は、胃腸が弱く体力が低下した人が、寒さによる風邪にかかった時に使用されるもので、sさんにはぴったりの薬だったのです。
おとそ気分で飛び出していったsさんですが、正月のお酒を”おとそ”というのは、大みそかにお酒に浸しておいた『屠蘇散』を、その一年の健康を祈って元旦の朝に飲む習慣からいわれたものです。
三浦先生の話
『屠蘇散』とは、風邪薬である防風(ぼうふう)と桔梗(ききょう)、消化機能を高める白朮(びゃくじゅつ)と山椒(さんしょう)、排便作用のある大黄(だいおう)、体を温める肉桂(にっけい)などから構成されている漢方薬です。つまり、体を温め、風邪を防ぎ、胃腸の働きを整える薬で、寒い季節にかかりやすい病気を防ぐものといえます。
まずは東洋医学の病気の発生の考え方からみてみます。一つは、生命力抵抗力(正気)が低下した時に出現すると考えられます。今一つは邪、つまり病気を引き起こす有害物が、体内に発生した時です。この邪が体の働きを阻害する結果出現すると考えるわけです。この邪には寒さなどの自然現象、血の停滞(瘀血・おけつ)や余分な水分(痰飲・たんいん)などがあります。
実は東洋医学の治療方法や養生法の原則も、この考え方から導きだされるものなのです。すなわち邪を取り除き、抵抗力や生命力を高めること。これが治療方法の原則となります。そして、病気を引き起こしそうな邪を避け、生命力を高めるように努力するのが、養生方法の原則となるわけです。
ここで注意が必要なのは、寒がりな人には寒さ、胃腸が弱い人にはアルコールというように、邪は個人によって異なっている点でしょう。
次に『屠蘇散』の名のいわれですが、「病気をもたらす邪を屠(ほうむ)り、生命力を蘇(よみがえ)らせる」漢方散剤と考えることができます。これは、先に述べた東洋医学の治療や、養生法の原則を述べたものに外なりません。とすれば、念頭に『屠蘇散』を飲むのは、その薬効を期待してというよりも、一年に先立ち病気の仕組みや養生方法、治療原則を示すことによって、健康的な生活をするための警告と知恵を与えるものと考えられるのです。
お屠蘇で体が温まっており、大丈夫と思ったというsさんでしたが、風邪を起こしやすい原因がすべて揃っており、起こるべきして起こったといえるでしょう。逆に言えば体力があり、さらに寒さに当たらなければ、風邪となる可能性は低いこととなります。sさんは、養生方法を無視した結果の風邪といえそうです。
”年寄りの冷や水” ということわざ。無理をする老人を冷やかすというよりも、むしろ病気をしないようにやさしくいさめる、いたわりの言葉といえるかもしれません。
読むと元気が出る健康情報誌 さわやか元気 1999,2月発売
効かせ名医・三浦於菟先生の『漢方知れば知るほど』第12回季節は時間とともに、人は季節とともに(四)より引用
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